[十大学合同セミナー・AFPWAA WORKSHOP 2024]

2024年度課題「記憶に留めておく一枚の報道写真」

 

「AFPWAA」は十大学合同セミナーに協賛し、2018年度よりワークショップを開催しています。

ワークショップに参加した大学生は、課題に沿って報道写真を一枚選択して、日本語のタイトルと解説文をつけて作品を作ります。

今年度で7回目の開催になりますが、ワークショップを継続して開催出来たことには深い意義があると考えます。各年度に提出されたレポートは、激変する世界の渦中で大学生ひとりひとりが、その時に何を考え、感じたのかを記録した貴重な資料です。

2024年度のワークショップでは82名の大学生からご応募いただきました。提出いただいたどのレポートも非常にレベルの高い内容で事務局としても選考に苦労しました。

「一人の死は悲劇だが数百万人の死は統計上の数字でしかない」

この言葉はスターリン、あるいはナチス・ドイツの親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンが語ったと、いくつかの説があります。しかし、言葉の出典は不明であり、誰が最初に言ったのかは不明です。

みなさんが100日間のゼミで行ってきた軌跡は、いわば「客観的な統計上の数字をベースに、世界情況を論考する」という営為でした。

しかし、このワークショップでは、選択した一枚の報道写真を通じて「世界のリアルな情況」に対峙して、その思いを文章にしています。いわば写真が物語る「象徴的な局面(ある場合は理不尽な死)」について、あくまでも個人としてどう受け止めたのかをレポートしています。

かつて、フランスの哲学者J.P サルトルは1951年に「アフリカの飢えている子供たちを前にして文学に何ができるのか。」という問いかけを行いました。このサルトルとカミュの有名な論争は、文学の役割と限界に関する深い哲学的な問いかけでした。セミナーの参加者はこの命題と同じテーマを、ワークショップを通じて自らの課題として受け止めます。

そのような意味において、 ワークショップは10大の活動にとって意義深いものであると確信しています。

 

■最優秀賞「ルービックキューブ」

 HUNGARY-TOYS-GAME-PUZZLE-RUBIK-CHILDREN

Ferenc ISZA / AFP

私は、子どもたちがみんなでルービックキューブを掲げている様子は、現代の社会問題との向き合い方を改めて考えさせてくれると思ったのでこの写真を選んだ。ルービックキューブは1カ所動かすと同時に別の個所も動いてしまう。だから、どこかを動かすときに、連動して動く個所を考えながら動かさなくてはならない。これは、現代の社会問題について考える場合も同じことが言えるのではないだろうか。一つの社会問題について考えていてもその根本では、まったく別の問題と結びついていたりする。また、問題解決のために起こしたはずのアクションが別の分野で新たな問題を引き起こしてしまったりする。ますます複雑化していく昨今の社会問題を見つめるとき、一つの側面だけに注目するのではなく、様々な側面からその問題を見つめる姿勢はルービックキューブをそろえるときの考え方と重なる部分があると思わせてくれることが選んだ理由である。

[明治学院大学 市野 ひかり]

【講評】

写真は2024年6月12日、ハンガリーの建築家エルノ・ルービックの発明50周年を祝うフラッシュモブで、ルービックキューブを持ってポーズをとるハンガリーの生徒たち。

ルービックキューブから、現代の社会問題との向き合い方に論旨を進めてゆく、市野さんのレポートは非常に個性的で、内容的にも強い説得力もありました。

 

■優秀賞「飢餓の少年」

YEMEN-WAR-FAMINE

ESSA AHMED / AFP

高校生の頃から、「何かが満たされない、それが何かはわからないが何かが足りない」という感情を覚えることが度々ある。有名なマズローの欲求五段階のように、生理的欲求や安全欲求が満たされないと、所属欲求や承認欲求、自己実現欲求は生まれない。その第一段階、第二段階が満たされているからこそ、それが当たり前の環境に身を置くことができているからこそ、今の欲求が生まれるため、現在の自分の状況に感謝とありがたみを感じなければならないと思い、選んだ。この少年は、最も基本的な生理的欲求が満たされていない。体を維持することに精いっぱいで、今私が感じているような感覚になることはないだろう。それを想像した時、この少年の目は、大きく目力があるものの、どこか弱々しく、力ないという印象を与える。撮影者に自分の苦しい状況を訴えながらも、その強い意志を感じさせるほど目に力をこめる体力が残っていない、そんな状況がうかがえて胸を打たれた。

[明治大学 藤原 広奈]

【講評】

2022年7月25日、イエメン北西部ハジャ州のアブス地区で撮影された、重度の急性栄養失調に苦しむ10歳の子ども、ハッサン・ラゼム。

悲惨な状況で生きる少年を見て、表層的な印象のみで感情的に描写するのでなく、その状況を深く理解しようとする、藤原さんの思いが伝わるレポートです。

 

■優秀賞“UN on Show”

 UN Security Council votes on US draft resolution on a truce in Gaza

ANGELA WEISS / AFP

現在、ウクライナ戦争やガザにおける紛争など国際秩序を揺らがす問題が立て続けに起こっている。その中で、国連は大国による政治ゲームに巻き込まれ、安全保障理事会の機能不全や人道的援助の制限や停滞の困難に見舞われている。

そのような国連を今私たちはどのように見ているだろうか。写真は、観覧室から見た国連の安全保障理事会の会議室である。各国のリーダーは、その椅子に座り机を囲んで、国際政治や外交について真剣に話をしている。彼らの視点から見れば、国益や国際益を守る正当な政治的場面だろう。しかし、少し距離をおいて遠くから現在の国際安全保障理事会をはじめ国連の様子は、議論だけし決定的な行動につながらないテレビのショーのように感じるのではないだろうか。この写真は、そのような構造を表すものであると思い、選択した。

[上智大学 中村 生]

【講評】

2024年6月10日、ニューヨークの国連本部。国連安全保障理事会は月曜日、米国が作成したガザ停戦案を支持する決議案を採択したときの写真。

報道写真=悲惨な戦場といったステレオタイプの発想でなく、国連の機能不全を象徴する写真をあえて選ぶ、中村さんの視点がユニークです。

 

■佳作「これも天然水」

 THAILAND-ASIA-ENVIRONMENT-RIVER-CHINA-LAOS-DIPLOMACY

Lillian SUWANRUMPHA / AFP

まず、この写真は視覚的に非常に魅力的です。広大な川が中心に位置し、その上に小さな船が孤独に進む様子が、自然と人間の調和を象徴しています。また、川の水面に映る光と影のコントラストが、朝の静けさと穏やかさを強調しており、非常に美しい瞬間を捉えています。

次に、写真の構図が非常に効果的です。中央に位置する船は視線を引きつけ、自然に視線を写真全体に導きます。背景の都市のシルエットが薄く見えることで、人間の生活と自然の風景が一体となった情景を描き出しています。これは、現代社会における自然環境と都市の共存というテーマを象徴しており、深いメッセージを伝えています。

さらに、この写真はドキュメンタリー性にも優れています。写真の提供者であるAFP(フランス通信社)のクレジットが示すように、この画像は報道写真としての価値もあります。特定の場所や時間を超えた普遍的な風景を捉えることで、人々に自然の美しさと重要性を再認識させる役割を果たしています。

以上の理由から、この写真を選びました。この一枚の写真が持つ視覚的な美しさ、構図の巧妙さ、そしてメッセージ性の強さが、選定の主な理由です。

[明治大学 齊藤 伊織]

【講評】

2019年9月20日に撮影されたこの航空写真は、ゴールデントライアングルのチェンライ県を示すタイ側(右)とラオス側(左)に沿ってメコン川を通過するボートを示しています。

斎藤さんが語るこの写真の魅力についての分析力がとても優れていました。合理的な文章の解説内容にも確かな説得力があります。

 

■佳作「私たちはどこへ向かうのか」 

 CUBA-RUSSIA-WARSHIP-ARMY-DIPLOMACY

YAMIL LAGE / AFP

ウクライナ侵攻が始まって約2年以上。自分が生きている間は決して見ることのないと思っていた世界規模の戦争が起こっている。私たちが今これから向かおうとしている世界はいったいどんな世界なのだろう。あの旗を振った向こう側の未来にまた誰かが理不尽な死を与えられるのだろうか。

一人一人が見ている世界、住んでいる場所やバックグランドによって違う以上、それぞれに行き着く先に幸せが違ったとしても、誰も大切な人を理不尽に奪われることのない世界に向かっていきたい。そう考えて選んだ。

[東洋英和女学院大学 牧 優佳]

【講評】

2024年6月17日、キューバを訪問中のロシア海軍分遣艦隊の一部であるクラスフリゲート艦アドミラル・ゴルシュコフがハバナ港を離れる際、手を振る女性と少女の写真。

牧さんがつけた日本語タイトルに、若い世代がいだいている「未来に向けてへのいわれのない不安の感情」が素直に表れています。

 

■佳作「少年の目に映るもの」

 PALESTINIAN-ISRAEL-CONFLICT

AHMAD AL-BASHA / AFP

地面に残る血の跡は、少年の無垢な目に映るにはあまりに残酷で、そして鮮やかである。姿は映っていなくとも、そこに倒れた人の痛みが胸に迫る一枚である。

平和とは何か。十大での100日間を通じて改めて考え続けてきたが、シンプルなようで複雑かつ困難で、少なくとも世界の現状はその答えからはほど遠い。同時に、私はそれを言語化するにはあまりにも未熟であるとも思う。それでもあえて言葉にするならば、私たちがまず目指すべきは「誰もが天寿を全うできる」世界なのではないか。世界の分断をなくすのは難しいかもしれないが、それを乗り越えることを放棄し、理不尽に失われる命を許すわけにはいかない。

少年の胸にあるのは、悲しみか、怒りか、それとも諦念か。これから彼が生きる世界が少しでも穏やかで幸せに溢れたものであることを、勝手ながら祈るばかりである。

[早稲田大学 今永 歩]

【講評】

イスラエル軍は6月6日、戦闘機がガザ中心部でパレスチナ武装勢力が使用する国連運営の学校を攻撃したと発表、ハマスが運営する同地域の当局は、少なくとも27人が死亡したと報告しています。

今永さんのレポートは10大で学んできた経験と、この写真が喚起する現実の過酷な状況の狭間で感じている現在の心境を綴っています。